研究概要
量子情報科学とは、物理学の基本法則を与える「量子論」と、最先端の技術を生み出す「情報科学」を融合した、学際的研究領域です。
量子情報科学の二大目標は、
- 量子情報処理の開発:
「量子情報処理=量子論の原理を活用した超高速な情報処理」を実現すること - 物理学の情報革命:
“情報”という観点から物理学を発展させること
です。一見すると方向性が全く異なる二つの目標ですが、量子の世界においてはそれらは決して別々のものではなく、むしろ表裏一体のものとして理解できます。そういった「情報と物理の双対的な構造」が、量子情報科学の大きな魅力の一つと言えるでしょう。
私は、「量子と情報」をキーワードに、「量子物理の情報科学への応用」と「情報的な考え方に基づく新物理学の開拓」を目指した研究を行っています。応用の新発見が基礎の開拓に繋がり、基礎の理解が新しい応用に繋がる、そんな研究が理想です。
以下では、私が現在興味を持っている研究トピックについて簡単に説明します。
量子疑似ランダムネス
「量子疑似ランダムネス」とは、簡単に言えば「疑似乱数」の量子情報版です。疑似乱数が、セキュリティ・乱択アルゴリズムなどあらゆる情報処理で重要な役割を果たすことからも分かるように、量子疑似ランダムネスは量子情報処理における普遍的価値を持つ量子情報リソースとして知られています。
一方で、近年、量子疑似ランダムネスは、量子カオスや量子ブラックホール、量子統計力学の基礎付けとの関連も深いことも判明しており、理論物理学においても新たな研究トピックとして大いに着目されつつあります。
数学的な見地から言えば、量子疑似ランダムネスは、表現論・調和解析・組み合わせ論などが複雑に関係する研究課題になっており、極めて興味深いものです。
このような多重な意味で興味深い研究テーマの中でも、私は特に、数理的アプローチから「量子疑似ランダムネスに基づく量子情報技術の実現」と「複雑な相互作用を持つ量子多体系における非自明な物理現象の探索」を目指した研究を行っています。
2019年現在、私が特に興味を持っているのは以下のテーマです。
- 量子疑似ランダムネスを効率的に生成する量子アルゴリズムの探索
- 量子疑似ランダムネスに基づく、新しい量子プロトコルの発見
- 量子疑似ランダムネスの検証方法の確立
- 複雑な量子多体系において、量子ランダムネスの帰結として現れる物理現象の包括的な理解と探索
- 量子疑似ランダムネスの背後にある数理の理解と整備
量子通信プロトコルと物理系の時間発展
量子的な情報を送る通信路を「量子通信路」と呼びます。量子通信と書くとどうしても情報論の話に聞こえるかもしれませんが、物理と情報が表裏一体となる量子の世界では、
量子通信の研究 = 物理系の時間発展を理解する研究
と言え、実は基礎的な物理への応用が見込まれる研究分野でもあります。
2000年以降の精力的な研究により、「decoupling approach」と呼ばれる考え方が発見され、近年は多種多様な量子通信プロトコルの間の関係がコンパクトに理解できることが判明ました。その統一的な関係性は、「通信プロトコルのfamily tree」と呼ばれています。
近年、私も諸々の理由から量子通信路の研究を開始しました。2019年現在、特に以下のようなトピックスに興味を持って研究を行っています。
- 「Decoupling approach」の発展
- 量子情報と古典情報を量子通信路を使って同時に送る「ハイブリッド通信」と、family treeの一般拡張
- 物理系が持つ制約を考慮した量子情報理論の構築
- ランダム符号化の復号化手法の開発
複雑な量子多体系の量子情報論的な理解
量子多体系は、古くから物理学において多くの研究者を魅了してきました。単一の原子・分子だと(それほど)面白くないのに、多くの原子が格子状に並んだ時、そこには壮大なる「協力現象」が起こり、想像を遥かに超えたリッチな世界が生まれます。
そんな量子多体系を量子情報的な観点から理解したい、それが、この分野に私が参入した当初のきっかけでした。
最近はあまり精力的には研究していませんが、以下のような研究トピックに興味を持っています。
- 量子スピン系における有限温度エンタングルメント
- スピングラスや、情報論的な理由によって引き起こされる“相転移”現象
- 量子多体系において、物理的に重要な“情報”の新しい定量化